2010年5月30日 (日)

シャリ

シャリ
わしの人生の後半はすこぶる好調である。日々業務上に題点があり、憂さを晴らすため夜な夜な酒を飲み。休日もそこそこ業務を遂行し、たいした結果も出ず、家庭を顧みず業務にいそしめば、飼い犬と同等の扱いになり、ワシの人生は素晴らしさで満ちあふれている。そういえばなかなか昨年は外食できなかったがある方のご紹介で行った寿司屋がすこぶるうまかった。皆さんは寿司屋で寿司を召し上がっていらっしゃいますか?酒飲んであてだけ喰うのはいけませんよ。もともと関西は押し寿司の文化である。しかし美味い握りが喰いたいではないか。そもそも美味い握りは魚が美味けりゃシャリはそこそこでも旨いのだろうか?あそこの店はネタが凄くいいとは言うがシャリが凄くいいとはあまり聞かない。いやシャリ事態に感心がないのではないか。まあ回転寿司に並ぶのだから無理もない。今一度シャリについて考えて頂きたい。ただのすっぱい飯ではない。寿司飯で寿司の味はかなり変わる。旨い寿司屋はシャリが旨いのだ。それも硬めに炊いたのが。寿司屋に行って造り食って、焼き
物、煮付け、酒を五本で帰えっては絶対駄目だ。職人の腕の見せ所を見てやってください。寿司屋ではビールは飲まず酒から入りすぐ握ってもらう。是非お試しあれ。

2010年3月25日 (木)

とある飲み屋で

とある飲み屋で
「「ビールでも飲むか?」「いやー最高ですな。」「最近どう忙しい?」「よくないですねー」「えー店なんかないでぇ。ろくな話きかんでぇー。昨日も雨ふっとったやろ東門なんか誰も歩いとらんでぇ」まずは世の中の不景気さを嘆く。
    30分後、  
「マスター焼酎入れたって。」「今、白身何使いよんの?」「今日大谷で、めちゃくちゃええ目板泳いどってな。四、五百はあるで。明日のほうが旨いねんけどなあー」「サワラもな、よおなってきとう。よお肥えとお。今日はまだ身が固い。これも1日置いて明日のほうが旨いのー。」仕入れ先の情報交換。大事なことなので酔っぱらう前にする。 一時間後 「いまねー淡路、天然虎ふぐめちゃくちゃ安いですよ。養殖とかわらんくらい。まだ白子無いから身がよう肥えてますよ。」「ああそう。青もんは泳いでないの?」「1キロくらいの天然のカンパチあるんで片身いきます?」「置いといて、明日とりにいくから。」
二時間後
「マスター焼酎好きなだけのましたげて。」「あんた仕事やすみか?わし先に帰るで。もう一時回っとおで。」だんだん酔っぱらってきて仕事の話などどうでもよくなり、相手にどんどん焼酎をのませ先に帰ろうとする。 三時間後 「わし先に帰るで。もう二時回っとるで。」先に帰ると言いながらビールをお代わりする。

  四時間後
「あんた嫁さん怒らんの?」「めちゃくちゃ怒られますよ。」「これ飲んだら帰るで」だいたいこの辺で顔なじみの常連が登場し、帰るタイミングを逃す。そして開き直り飲み直し、記憶をなくす。這うように家に帰り水を大量にのむ。まもなくかかってくる魚屋の電話で起こされる。酔っぱらっているので要らない物まで買ってしまう。ああーああーー

2009年8月31日 (月)

天神橋繁盛亭

天神橋繁盛亭
ブログなんてばからしい。だいたいブログってなんなんだ。こんな酔っぱらいの書くことにだれが興味を持つんだ。書くことなんか酒か食い物のことばかり、役になる話は一つもありゃしない。そもそも毎日毎日書いているのはほかにやることがないのか?それよりも人はそんなに他人に興味があるのか?失礼、ここで一杯酒をいただいて…気分が高揚してまいりました。ああもうブログなんか書くのがめんどくいなぁー。どっか飲みに行こかなーしかし犬の散歩も行ってないしなー。明日また二日酔いになるしなーこんな日に行くと適当に切り上げられんからなぁー。そういえば最近蕎麦屋にいってないなー焼き鳥屋もだ。ああー鴨せいろで酒がのみてーああ手羽先で芋焼酎がのみてーいかんな考えるといてもたってもいられんな。いかんこんなことを書くとワシがただの大酒飲みで、アルコールに依存しているようではないか。このままでは間違ってたイメージを与えかねない。ああブログってめんどくさいなぁーこんな酒のみながら書いたことでよろしいのだろうか。ああー落語聞きに行きた
いなぁー…

2009年7月 1日 (水)

鈴鹿旨い酒を楽しむ会

鈴鹿旨い酒を楽しむ会
こだわりとは?ワシが常日頃考えていることである。こだわりに到達点はあるのか?いや、こだわることに意味はあるのか?こだわることで得られる物はなんなのか?端から見たらただの変人なだけではないのか?言い方を変えただけでただの自己満足ではないか?
ちろりは錫の物が最高に旨いのか?だいたいなぜ錫のちろりでお燗をつけるんだ?酒は暖かくないといけないのか?生酒や大吟醸はお燗をしてはいけないのか?アル添酒は次の日に残るから純米酒だったら大量に飲んでもいいのか?焼酎なら次の日に残らないが酒は残るという都市伝説は本当なのか?八代亜紀の舟歌を聞くとなぜ故に酒場が恋しくなるのか?焼いた肴がこの上ないほどに酒に調和するのはワインでも同じことなのか?酒場に足を運ぶときの気分の高揚は何ものにも変えがたい感情教育なのか?そりゃイカをライターで炙りますわな。これはワシが普段からこだわってることである。

2009年5月31日 (日)

ステーキ

ステーキ
ワシは豚肉と鶏肉が好物である。この二つは甲乙付けがたい。焼、煮、揚、どう調理しても最高に美味い。鶏に至っては造りでも食える。それに引き換え牛肉は滅多に食わない。子供のときは牛肉をありがたい物だと思わせる親の策略が合ったように思う。実際すき焼き、しゃぶしゃぶ、焼き肉は家ではよく食った。中でもしゃぶしゃぶは家で食うものだと思っていた。しかしステーキなんぞはなかなか出てこなかった。まともにステーキを食ったのは働き出してから自分の金で食ったときだ。その時の味の旨いのなんの。なるほどと肉を有り難がるのを少し理解した。しかし歳がいくと霜ふり肉なんかはたくさん食えない。それに肉の味がない。そもそも肉と肉の間に脂肪が入り込んむなんてなんという太り方なんだろう?こんな牛は健康なのか?人間だったらかなりの肥満体である。まあたまに食うから旨いのだろう。しかし誰が食べても美味いと思う食材とは牛肉のことではないだろうか。その観点で考えるとよく出来た食材である。

2009年4月30日 (木)

箸置き

箸置き
皆さんは箸置きを使って、食事をしているだろうか?ワシは家でも箸置きを使う。そもそも箸置きを使わない食事など昼以外はほとんどない。だいたい箸置きを使わない人の大半は早飯だ。まるで犬や猫の様にガツガツ喰う。盛り付けの美しさや食材の味など感じ取る間もない。まあ腹が減っているんだろう。人間が死ぬまでにする食事の回数は決まっているわけで、とりわけどうでもよい食べ方をして、貴重な食事を台無しにする事は許されない。箸置きのない店は安価な店が多いのに気が付く。だいたい箸が立ててある。何故なら早く食わせて帰らせたい思いがそこにある。箸を置く行為など断じて許されず、そもそも器がどうだ、盛り付けがああだ、味がどうのなどいうことは鼻から求めていない。ああ嘆かわしい。あなたは箸置きを使いなさい。絶対使いなさい。箸は取り皿に置くものではありません。絶対使いなさい。箸は焼酎のお湯割をまぜるものではありません。絶対使いなさい。箸は蟹の身をせせるものではありません。絶対使い…

2009年4月21日 (火)

昼酒

昼酒
やってやった。昼から飲んでやった。ここは大衆的なソバ屋である。曜日は月曜日の昼過ぎ。サラリーマン達で非常に込み合っている。相席もあるくらいである。席数は四、五十くらいか、なかなか広い。ここの売りはザルそばとカレーそばである。人気の秘密はとにかく安い。ワシはざるそばを頼んでそれが来るまでの間おでんをつまみながら瓶ビールを飲む。うれしいことに大瓶である。広いフロアの中、昼から飲んでいるのはワシだけである。この優越感は筆舌に尽くしがたい。だがたとえるなら場外馬券売り場の近くにあるY野屋で、朝の9時くらいから牛皿にワンカップを飲んでいる鼻の赤いオヤジと同じくらいだろうか?いやあちらは日曜日れっきとした休日。ワシの方は普通なら休みあけの初日である。やはり人が働いていると言うのがにいいのだろうか?まあ他人から非常識と思われ様が、アルコール中毒に見られようが明るいうちに飲む酒は美味い。圧倒的に旨い。昼酒万歳

2009年4月 7日 (火)


あんたが思ってるほど楽じゃないんだよ。美味いものが当たり前にあるのは、店主の絶え間ない努力と、店の人間のプロ意識の高さ、そして何よりもお客さまに喜んで頂きたいと思う奉仕の心があると思いな。いいかい、金さえねー払えば何を言ってもいい、何をしたっていいてもんじゃないんだよ。ここはあんたの家じゃないんだよ。あんたの嫁にわがまま言うのとはちょいと了見が違う。偉そうに言う前にあんたが店の人間の意識を感じ取れるくらいにならないといけない。すなわち普段からどのような思考で食に向かい合うかだ。時間のなさを理由に安価でジャンクな物を食べてはいないか?金がないのを理由に安ければ良いと思っていないか?逆に高ければ旨いと勘違いしていないか?閉店間際なのに当たり前の様に酒のおかわりをしていないか?最後の一杯が二杯、三杯になってやしないか?まだまだ二十代の頃のように飲めると思ってやしないか?締めはビンビールだと思ってやしないか?歩けないくらい酔っぱらって平坦な道で転がっやしないか? 朝起きたらまず財布と携帯電
話の有る無しを確認していないか?どうだい?全て当てはまるだろ。あたいの話を少しは聞いてこれからの態度を改めるんだよ。
この物語は史実に基づいた筆者のノンフィクションです。

2009年3月15日 (日)

串カツ

串カツ
久しぶりに串カツを食べた。かなり大衆的な店で、ここには椅子がない。みんな立ちながら食べる。カウンターの端にソースの入った缶がある。ここに漬け込んで食べる。一度食べたやつを二度漬けると叱られるのでその時はキャベツでもってソースをすくい上げる。 適当に数本頼み、その中の一本に赤ウインナーがあった。懐かしい。しかし何故にこいつは赤いのだろう。どう考えても自然の色ではあるまい。かなり体に悪影響をおよぼすものが大量に添加されているのだとおもいながら懐かしい味に、舌鼓を打つ。そしてこれにあわせるのは日本酒。どこのメーカーか判らない酒を熱燗にしてもらう。するとビールグラスになみなみとついでくれる。この手の店では何を呑むのもビールグラスである。昔ビールグラスで赤ワインを飲むオヤジを見た。そのグラスの下皿にまでワインをこぼしてもらっていた。かなり下品だが妙に旨そうに感じた。串カツを食って酒を数杯飲むと立っていることが苦痛でなくなってくる。こうなると黄色信号。次の店ことを思案しながら勘定を済ませ二件目
に渡り歩く

2009年3月 2日 (月)


えべっさんに行って店が忙しくなるんなら、こんな楽なことはない。行ってもなんてことはないんだが、毎年行っている。ちなみに熊手は運気を集め、ザルは運気をすくい上げるのだとか。この写真は、納札所とよばれる去年買った札や熊手なんかをほうり投げるとこなのだが、ただのでかいゴミ箱にしか見えず、上でオッサンがゴミになった札などを踏んずけていてなかなか面白そうなのだが、本当にご利益などあったのか?と疑ってしまう。しかしなんでも商売で、ここにも需要と供給の関係が成り立っているのが垣間見られる。つまりお祭りなのだから金は使いますわな。それよりも露店巡りにいたっては、面白いのは一月のくそ寒い中なのに金魚すくいがあって、誰も客がいない。でも金魚は元気そうだった。つぼ焼きと酒なんかは旨そうだが明らかにぼったくり。普通あんな値段で店やってたら絶対つぶれな。お好み焼きや焼きそばなんか値段が書いておらず聞いたら六百円や七百円とぬかしやがる。普通の店で食ってもそんなにしないのに…でも結局二、三千円は使ってしまう。ああ日
本経済が少しで活性化しますように。